【VR活用事例】統合失調症の疑似体験「バーチャルハルシネーション」をVR化 ~ヤンセンファーマ株式会社~
今回ご紹介するのは、世界最大のトータルヘルスケア企業ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)グループの医薬品部門であるヤンセンファーマ株式会社 様。精神疾患の一つである「統合失調症」を誰でも体験できるよう、2003年に初代「バーチャルハルシネーション」を完成させました。
汎用デバイスが存在しなかった当時としては、革新的な取り組みでしたが、映像を見せるためにはジェラルミンケースに入った高価な映像装置が必要でした。もっと手軽に、いろんなところに体験を持ち運びたい。その想いから、2013年ハコスコとスマートフォンを使ったVR化へ動き出します。
本取り組みの変遷及び、精神疾患などの他者の理解が得にくい症状をVR化することの意義について、ヤンセンファーマ株式会社 相沢 様、技術サポートとして参画された株式会社シー・エヌ・エス 古田 様にお話を伺いました。
ヤンセンファーマ株式会社 メディカルフェアーズ本部 メディカルサイエンスリエゾン部 メディカルエデュケーション1グループ グループ長 相沢 悟 様(左)
株式会社シー・エヌ・エス 執行役員 プロデューサー 古田 旭 様(右)
バーチャルハルシネーションの取り組み
――バーチャルハルシネーションとは?
相沢:ハルシネーションとは、幻聴や幻視などの幻覚状態を指す言葉です。バーチャルハルシネーションは統合失調症の急性期にみられる症状を映像でリアルに擬似体験できる、疾患啓発・教育ツールとなっています。
――そのようなツールは日本に元からあったのでしょうか?
相沢:もともとは2001年にアメリカで開発されました。ですが、当時の映像は症状としてはあまり多くない視覚異常体験(幻覚や幻視など)が強調されすぎている印象で…。
そこでより実際の症状に近い、オリジナルの動画を作成しました。
――当時の視聴デバイスは?
相沢:バーチャルハルシネーションの取り組みは当時、画期的なものでしたが、疑似体験を行うためにはノートPCと専用のデバイスが必要となり、持ち運びにはジェラルミンのケースが必要と、大がかりなものとなっていました。
――バーチャルハルシネーションVR版が動き出したのはいつからですか?
相沢:2013年からです。映像撮影やアプリ制作を行い、2016年初めに「バーチャルハルシネーションVR版」が完成しました。視聴するデバイスにはハコスコ×スマートフォンを選びました。
どこにでもVR体験を持ち運べるハコスコ x スマートフォン
――どうしてハコスコを選んだのでしょう?
古田:バーチャルハルシネーションVR版を制作する話があがった頃は、ようやく360度カメラなどが世の中に出始めた頃でした。カメラも高価でしたし、視聴するためのヘッドマウントディスプレイも大きくて、お世辞にもお手軽とは言えない。そんなとき偶然、ハコスコ代表の藤井さんが「ダンボールのゴーグルにスマートフォンを入れただけでVRが体験できるよ」とWeb上でお話しされているのを見ました。
急きょコンタクトをとったら、「協力します」と。
相沢:ヤンセンファーマのMR(医薬情報担当者)が様々な病院へ持ち歩くのに負担にならない必要がありました。ハコスコはコンパクトで軽く、再生にはスマホアプリを使用しているので、セットアップに時間がかからず操作も簡単です。
よりリアルな体験を求めて「音」と「映像」を追求
――アプリや映像制作の際こだわった点はありますか?
古田:はい。特に「幻聴」を再現するための「音」にはかなりこだわりましたね。
今でこそ立体音響も当たり前になり、今のVRコンテンツは頭の向きに応じて音の聞こえて来る方向が違いますが、当時はまだまだ簡単なことではありませんでした。その上さらに、幻聴を再現するためには、耳元で囁かれる感覚を再現するバイノーラル録音をどうしても組み合わせたくて、この二つの技術を共存がキモでした。
聞こえてくる「音」は、自分自身の心の声なのか?他者が本当に話した言葉なのか?それとも幻聴なのか?
相沢:実際体験してみるとほんとにリアルですよね。
古田:映像については360度の映像をどんな風に使えば効果的か、シーンの移り変わりも多いので、酔いを最小限にするには、などの点についてもハコスコの藤井さんにご相談していました。撮影現場に来てくださったこともありましたね。
相沢:実際に統合失調症を罹患されている方にも体験していただいて、フィードバックをもらっていました。完成度はかなり高いと思います。
患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に貢献
――MRさんたちはこのコンテンツをどのように活用されているのでしょうか?
相沢:本コンテンツを体験していただくのは、病院の医師、看護師、患者さんのご家族が主となります。精神疾患のような他者になかなか理解されにくい症状について、疑似体験で少しでも理解を深められればと思っています。
――営業のためというわけではないのですね。
相沢:はい。製薬会社がなぜこんなことを、と思われるかもしれませんが、ヤンセンファーマでは「患者さん中心」という理念を掲げ、患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上を目指した支援活動などを行っています。
バーチャルハルシネーションもまずは患者さんに一番近い医師、看護師、患者さんのご家族に体験いただくことで、患者さんの治療、ケアに役立てていただき、患者さんが少しでも日々を過ごしやすくなれば、と思い提供してきました。
今では年間300回以上体験していただいているコンテンツとなっていますね。
――バーチャルハルシネーションを一般向けに公開する予定はありますか?
相沢:そうですね。まだ具体的な予定はありませんが、時期を見て一般公開をしても良いかなとは考えています。
古田:統合失調症のような疾患は、目に見える症状ではないだけに、VRで体験できることはより深い意味を持ちますよね。普段体験できないことを自分事として体験できるところが、VRの強味だなと思っています。
――ありがとうございました。